分類

【界】植物界[Plantae]

【門】被子植物門[Magnoliopshyta]

【綱】双子葉植物網[Magnoliopsida]

【目】ナス目[Solanales]

【科】ナス科[Solanaceae]

【属】トウガラシ属[Capsicum]

【種】トウガラシ[annunm]

学名

Capsicum annuum

和名

唐辛子

英名

Red pepper/Chili(Chilli)[pepper]

唐辛子(とうがらし)は、メキシコが原産(南米アンデス地方という説もある)のナス科の1年草(熱帯地方では多年草あるいは低木になる)、またはその実、あるいは実を加工した香辛料のことである。英名に由来してチリとも呼ばれる。細長い形状から鷹の爪とも呼ぶこともあるが、「鷹の爪」は正確には唐辛子の1品種。唐辛子は、「とんがらし」とも呼ばれる。

草丈は40〜60cm。茎は多数に枝分かれする。葉は互生。柄が長く卵状披針形。7〜9月ごろ白い花を付ける。花の後に上向きに緑色で内部に空洞のある細長い5cmほどの実がなる。果実は熟すると赤くなる。品種によっては丸みを帯びたものや短いもの、色づくと黄色や紫色になるものもある。

辛味がなく甘味のある種類の唐辛子をピーマンとよぶ。

唐辛子の名は「唐」(中国)から伝わった「辛子」の意味だが、「唐〜」は単に「外来の」という程度の意味の接頭辞と考えられる。同様に南蛮辛子(なんばんがらし)や、それをちぢめた南蛮という呼び方もある。

九州の一部では唐辛子のことを胡椒と呼ぶことがあり、注意が必要である(柚子胡椒も参照のこと)。これは南蛮胡椒、または伝来史の項にて後述する高麗胡椒の略と思われる。

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胡椒などのほかの香辛料と同様、料理に辛味をつけるために使われる。また、健胃薬、凍瘡、凍傷の治療、育毛など薬としても利用される。

果実は緑のままでも食べることが出来る。一般に、緑色のものは青唐辛子、熟した赤いものは赤唐辛子と呼ばれる。

殺菌作用があり食中毒を防ぐとも言われるので、特に暑い地域で多く使われている。殺菌のほかに除虫の効果もあり、園芸では他の作物と共に植えて虫害を減らすことも行われる。また、食物の保存に利用されることもある。

生のまま食される場合と、乾燥した後に使われる場合とがある。生の緑色の唐辛子の方が、身体には良いという意見もある。一般的に日本国内で入手できる青唐辛子は生のものを加熱することで辛味が甘味に変化し、乾燥した唐辛子では加熱すると辛味が増す傾向にある。

唐辛子の辛味成分はカプサイシンである。この刺激が強く辛さは人により好みがある。唐辛子によって辛味をつけた料理を好む日本人は多く、また食べた後胃腸に問題を起こすことも少ない。ただし日本で料理に唐辛子が多く使われるようになったのは比較的最近のことである。戦後の高度成長期になり、もの珍しさからエスニック料理・韓国料理などがもてはやされるようになる以前は、せいぜい薬味や香り付けに少量使われる程度であったし、市販のカレーでさえ現在ほど辛口の商品が多くはなかった。今も年配の層には唐辛子の辛味を苦手とする人は多い。

果実にはビタミンCが多く含まれ、カプサイシンが美容やダイエットに効果があるといわれたため、「マイ唐辛子」(自分専用の唐辛子)を持ち歩く人が増えた時期がある

インドやタイ、韓国などの唐辛子が日常的に使われる国・地方では、小さい子どもの頃から徐々に辛い味に慣らして行き、胃腸を刺激に対して強くしている。一方で日常的に使う習慣のない場合は、味覚としての辛味というよりも「痛み」として認識され、敬遠される。実際、唐辛子の辛味は口内の「痛覚」であることは科学的にも実証されている。このことからも、痛みを味覚として好むということ自体、多分に社会文化的条件付けによるものと言える。

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現在世界中の国で多く使われているが、アメリカ大陸以外においては歴史的に新しい物である。コロンブスが1493年にスペインへ最初の唐辛子を持ち帰った。唐辛子の伝播は各地の食文化に大きな影響を与えた。

ヨーロッパでは、胡椒に代わる香辛料として広まる。16世紀にはインドにも伝来し、一般に「カレー」と呼ばれる多種の料理の香辛料として用いられるようになる。

日本への伝来は。1542年ポルトガル人宣教師が大友義鎮に献上したとの記録がある(諸説あり)日本では最初、食用とはせず、観賞用や毒薬として用いられた。

日本から朝鮮へ唐辛子がどのようにして伝わったかには諸説がある。九州地方と朝鮮の間での貿易によって伝わったとする説では、その後、朝鮮出兵で連れ帰った陶工が唐人とよばれ、彼らが栽培していたので「唐辛子」と呼ばれるようになったとしている。一説には朝鮮出兵のとき武器(目潰しや毒薬)として日本からの兵(加藤清正?)が持ち込んだと言われている。また、江戸時代になって朝鮮通信使が日本から持ち帰ったという説もある。

朝鮮から日本に伝わったという説もある。「大和本草」(貝原益軒著)には蕃椒の記事に「昔は日本に無く、秀吉公の朝鮮伐の時、彼の国より種子を取り来る故に俗に高麗胡椒と云う」と書かれている。これは日本に伝わった当初、国内にあまり広まらなかったことによると思われる。同時代に朝鮮では日本から伝わったために倭辛子と呼ばれていた。また、日本から伝わったことが韓国で定説になっている点をみても朝鮮から日本に伝わったという説の信憑性は薄い。